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にじのはなのほし

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アダムとエバが失った楽園を回復できるようにと願いを込めて“復楽園”としました。地上の天国・楽園を目指しつつ手探りしながらでも前向きに過ごす日々です

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やられた

こっこ:「ねむくなっちゃったよ~」

にじのはな:「なんで、こっこはいつもご飯のときに眠くなるの?たった今まで元気に遊んでいたのに・・・こっこの悪い癖だよ」

こっこ:「だってそういう身体なんだもん」

にじのはな&おくさん:「・・・ははは( ̄▽ ̄;A」

返す言葉がありませんでした。 それというのも、以前、こっこから身体の不思議なメカニズムについて質問されたときに、「Jesusがそういう身体に創ったんだよ」とお話ししたことがあったからです。

聖書には確かに神様がご自身のかたちに似せて人間を創造されたと記されています。

にじのはなや奥さんも、小さい頃からその記述を信じ、それ以外は考えたことさえありませんでしたので、何も考えずに子供に伝えておりました。

しかしながら、理由を改めて尋ねられてみて、「Jesusが創ったから」という“解答”を与えてきたことに疑問を感じてしまいました。

いえ、話してきた内容は間違っていないのです。
ただ、その伝え方が間違っていたのかもしれない。
短絡的というか、画一的というか、考える余地を与えない権威的というか。
そんな感じがいたします。


聖書には権威があります。

聖書は人を教え、戒め、正しくし、義に導くのに有益だという聖句もあります。

そしてそれは本当です。

ただ、用い方によっては有益なものを無益なものにしてしまう危険性があるだけでなく、害を及ぼしてしまうことにさえなりかねないものでもあります。


今度子供たちから尋ねられたら、通り一遍に答えるのでなく、また、これが答えだと押し付けるのでもなく、一緒に考えていけるような反応をしたいと思います。

「神の言は生きていて、力があり、もろ刃のつるぎよりも鋭くて、精神と霊魂と、関節と骨髄とを切り離すまでに刺しとおして、心の思いと志とを見分けることができる。」(ヘブル4:12)

それとともに、まずは自分自身が刺し貫かれるほど、神の言葉を深く味わう必要があるのだと思います。


今日も気が短かったにじのははな、こっこを叩いてしまいました。

自分自身もっともっと神の言葉に生かされ、神様から自分の弱い部分(短気など)を貫いていただいて、子供の本当の必要に答えていけるような、洞察力のある、それでいて包容力のある父親でありたいと、反省させられております。

「神様、わたしに子供(や人々)の必要を見分ける思慮深さを与えてください。そして、神様の愛を増し加えてください。」

今夜は、こう祈らずにはおれません。

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コメント

不思議ですね。。。
私も今まで『神様が創ったから』っという風に解釈した事が多々ありました。
nijiさんの日記を読んで考えさせられました!

綾子さん:
めったに更新しないと思うけど、また見に来てね。

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