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にじのはなのほし

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アダムとエバが失った楽園を回復できるようにと願いを込めて“復楽園”としました。地上の天国・楽園を目指しつつ手探りしながらでも前向きに過ごす日々です

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たった一言の重み

久しぶりにバドミントンをしてきました。
いつもは金曜の朝と日曜の午後にレッスンですが、今日は腕試しで試合に参加してきました。
参加させてもらったと言ったほうがいいかもしれませんが。 結果は、まぁ、予想していたとおりですが、負け試合でした。
それもレディースゲームに加えさせてもらってですね^^;
それでも運動不足解消にはよかったと慰めております。

さて、日本からY医師が来られました。
このドクターはK教授夫人のご兄弟で、今日から数日間のご滞在です。
Y医師にはにじのはなもこっこも、そして奥さんや義妹もお世話になっております。
にじのはなとこっこは患者として、奥さんや義妹は医療スタッフとして。

でも、それ以上ににじのはなはお世話になりました。

留学に際して教団の理事会がありましたが、にじのはなの派遣に議案が移ったとき、一理事から「にじのはなくんは英語、大丈夫なんでしょうか」という質問があったとのこと。

そのときY医師(理事の一人でした)が「英語ができるから送るとか、できないから送らないとかではなくて、行かせることに意味があるのではないか」と“ひと声”あげてくださったそうでございます。

それがまさに鶴の一声とやらで、幸いにして承認されたわけです。

別の理事の方が、名前を伏せてこのエピソードを聞かせてくださったのですが、にじのはな達にはすぐさまY医師だとわかりました。

Y先生ご自身、アメリカ留学のご経験をお持ちでいらっしゃるので、留学に賛成してくださったのかどうかはわかりませんが、とにかくありがたいお言葉でした。

しかし、この“ひと声”も、にじのはなの知らないところで奥さんが密かにY先生にアピールしていたらしいということが明らかになったとき、こうして自分が留学できているのは、他でもない奥さんの尽力のお陰なんだと感じ、よいパートナーが与えられて感謝でございます。
そりゃ、もちろん、Y医師の一声がなければだめだったのですがね。

言葉は人を動かしますね。
励ましたり慰めたり、傷つけたり陥れたり。
言葉で成功も失敗も大いに左右されます。
うわっつらのお世辞や、真心からの賞賛。
美辞麗句に自画自賛、叱咤激励に悪口雑言。片言隻語に漫言放語。
四字熟語にも言葉に関して色々とあるものです。

にじのはなが何かをしているときに、こっこがかまって欲しいとやって来ますと、時々無下に言葉を発して、ぶつけてしまうことがあります。
いじけて泣いて立ち去っていくのですが、一度話した言葉はもう戻せません。
よほどコントロールしないと、簡単に傷つけてしまうんだなぁと痛感しております。

「言葉で過ちを犯さないなら、それは自分の全身を制御できる完全な人です。
馬を御するには、口にくつわをはめれば、その体全体を意のままに動かすことができます。
また、船を御覧なさい。あのように大きくて、強風に吹きまくられている船も、舵取りは、ごく小さい舵で意のままに操ります。

同じように、舌は小さな器官ですが、大言壮語するのです。御覧なさい。どんなに小さな火でも大きい森を燃やしてしまう。
舌は火です。舌は「不義の世界」です。わたしたちの体の器官の一つで、全身を汚し、移り変わる人生を焼き尽くし、自らも地獄の火によって燃やされます。

あらゆる種類の獣や鳥、また這うものや海の生き物は、人間によって制御されていますし、これまでも制御されてきました。
しかし、舌を制御できる人は一人もいません。舌は、疲れを知らない悪で、死をもたらす毒に満ちています。

わたしたちは舌で、父である主を賛美し、また、舌で、神にかたどって造られた人間を呪います。
同じ口から賛美と呪いが出て来るのです。わたしの兄弟たち、このようなことがあってはなりません。

泉の同じ穴から、甘い水と苦い水がわき出るでしょうか。
わたしの兄弟たち、いちじくの木がオリーブの実を結び、ぶどうの木がいちじくの実を結ぶことができるでしょうか。塩水が甘い水を作ることもできません。」(ヤコブの手紙3:2-12)

言葉(発言)をコントロールすることの難しさを聖書はこのように説いています。

また「いつも、塩で味つけられた、やさしい言葉を使いなさい。そうすれば、ひとりびとりに対してどう答えるべきか、わかるであろう。」とも勧められています。(コロサイ4:6)

言葉は内側から出てきます。
言葉は人を造りますが、人が言葉を発します。

やさしい言葉はやさしい心から出てくるのでしょう。
慰めや励ましの言葉は思いやりの心から生まれるのでしょう。

まず“一言”の源泉であるココロを磨いておきたいものですね。

ところで、Y医師はにじのはなたちが修理に出していたビデオカメラを日本から持ってきてくださいました。
お世話になるからと、義妹を通じてほんのわずかなお心遣いをお包みしたのですが、「妹さんの手紙と一緒に入っていました。楽しんでお使いください」というユーモアのあるひとことが添えられて戻ってきました。

う~ん。素晴らしきかな、Y先生。
にじのはなだったらどんな風なひとことを言っていたのだろうかと考えさせられてしまいました。

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