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にじのはなのほし

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アダムとエバが失った楽園を回復できるようにと願いを込めて“復楽園”としました。地上の天国・楽園を目指しつつ手探りしながらでも前向きに過ごす日々です

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“ことば”によるコミュニケーション

習慣とは恐ろしいもので(この場合は“ありがたいもので”と言うべきか?)今朝も5時半すぎに目が覚めました。
気付くと奥さんは勉強を始めてからすでに時間が経っているようでありましたが、子供達が寝ている間に散歩してくるねと出かけていきました。
それならば、とにじのはなも起き出しましたが、しばらくして花が起きました。
しかも“おまけ”つきで・・・。 最近のリズムとして、こっこも花も比較的早い朝にするのですが、今朝も例に漏れず、音・表情ともにすごいのに遭遇しました。
もう少しすればお母さんが帰ってくるから、それまで待ってお風呂に入れてもらおうね、な~んて言っていられるわけもなく、にじのはなが入れてあげることに相成ったのでございます。
おしりもからだも綺麗になってご機嫌の花。
からだを拭いてあげている間に奥さんは帰宅し、満面の笑みをたたえる花を抱き上げました。
お次はこっこの番です。
やはりこっこものそのそと起き出し、シャワーの前に“儀式”をば。
いつもでしたらもう少し寝ているのでございますが、今日はスペシャルな日ということで、うれしいのかシャワーも水で浴びておりました。

何でスペシャルかと言うと、保育園で保護者会があって出し物があった
からなのですが、「今日は何するの?」との問いに「Nursery Schoolに行くんだよ」という返答。
よほど練習したのかなと思いつつ、保育園に行きました。
ところが、本番を迎え、クラスメートと一緒にお花のお面をかぶったこっこの表情はやる気がいっさいなし・・・
ま、そんな中でも、仲良しのなごみちゃんと並んで一生懸命歌っている姿に心温まるひと時を過ごすことができ感謝でゴザイマシタ。

成長したなと思えることもあれば、まだまだかわいい子供だとかわいく思える(あるいはイラツク)こともあります。
親としてはごくあたりまえのことでございます。


今朝、一騒動ございました。
ちょうど二週間前に出没した“彼(女)”が今朝、再登場なさったので、奥さんはにじのはなを呼んで、ふたりでどうにかしようと苦戦しておりました。
結果、ベッドの下にまたも逃げられてしまいました。
ベッドの三方をふさいでおりますので、出口はひとつ。
そこへ粘着状のワナをふたつ設置。
これならば、と安心して過ごしておりました。
ご想像に反して(?)みごとにキャッチ。
第一発見者はこっこでした。

「お父さん、マウシュが出てきてるよ

あちゃ~、またもや逃げられたか・・・と思いきや、しっかりとくっついていました、ワナに。
それを見つけたお手伝いさんが、プラスチックバッグを持ち出してワナごと袋へ入れ、こっこと一緒に外のゴミ箱へいきました。

子供が見たままを話してくれたことを、勝手に解釈したのは親であるにじのはなであります。
こっこの言葉は「ワナにつかまった=ねずみが動けないでいる=マウシュが出てきた」という観察の結果ですが、
「マウシュが出てきた=目の前を過ぎていった=逃げられた」という早合点をしたのでありました。
もっと子供の話していることを素直に受け止めてやれたら、と思わされる出来事でした。


思えば、「保育園に行くんだよ」という言葉には楽しみや喜びが込められていたのでありましょう。
しかし、目に見えた表情で「やる気なさそうだね」と考えてしまったのはいかがなものかと反省しております。
もちろん、内面にあるものが表面化してくるのでございますが、見かけではその心情もわからないわけですから、よ~く観察してから、あるいは耳を傾けてから判断すべきなのでしょうね。

そのように考えますと、何でもご存知の神様がわたしたちの言葉にならない思いを理解してくださるということは、なんと素晴らしいことかと思わされるのであります。

「あなたがたの父なる神は、求めない先から、あなたがたに必要なものはご存じなのである。」(マタイ6:8-新約聖書)

「人は外の顔かたちを見、主は心を見る。」(Ⅰサムエル16:7-旧約聖書)

「御霊もまた同じように、弱いわたしを助けて下さる。なぜなら、わたしたちはどう祈ったらよいかわからないが、御霊みずから、言葉にあらわせない切なるうめきをもって、わたしたちのためにとりなして下さるからである。」(ローマ8:26-新約聖書)

「主よ、あなたはわたしを探り、わたしを知りつくされました。あなたはわがすわるをも、立つをも知り、遠くからわが思いをわきまえられます。あなたはわが歩むをも、伏すをも探り出し、わがもろもろの道をことごとく知っておられます。わたしの舌に一言もないのに、主よ、あなたはことごとくそれを知られます。」(詩篇139:1~4-旧約聖書)

人によっては、“監視されているようだ”と嫌悪感や恐怖を覚えることもあるでしょうが、しかし、人には言えない、わかってもらえない、あるいは自分の思いとはまったく反対に解釈され誤解される、などということとは無縁の存在がいてくださることを、にじのはなはとてもありがたく感じております。
いくら夫婦・親子といえども、妻や子供のこころはわかりませんが、少なくとも、“ことば”に出されたところの思いや評価だけはまっすぐに理解し受け止めたいものでございます。

ねずみがいなくなって一安心の奥さんと一緒に、これから眠りに就きます。
え?I Love Youの“ことば”もわすれずに?!は~い

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